シンギュラリティ
この世の中は情報に溢れすぎている。情報があらゆるところで洪水していて、頭がパンクしている。テクノロジーへの期待による高揚感は、いかにも合理的で、しかし残虐性をもった終わりを迎えた。情報に飲み込まれた人間は主体性を失い、ただ毎日を漂うように、自分とは何だか、人生とはなんだかといった普遍的な問いから空中分解し、浮遊した。浮遊したまま全回転やら横回転などやってみようとはするものの、分解してしまっているので、意味をなさない。自ら歩み寄るという姿勢はかつて人間に多くの創造性を与えたのだ。あらゆる非合理性が人間のいかに人間らしさの部分を担っていたのだと。彼らは潤沢な情報へのアクセスを糾弾し、システムを構築出来たものの、あらゆる分類で同質的になっていく人類に知る由もない。これほどまでに目的が手段化されたケースは人類史上未だかつて見ないだろう。
英仏伊、二週間にわたる極貧大遠征〜なるべくお金を使いたくない〜
私がヨーロッパに来た理由、それはロンドンに行きたかったということもひとつとしてあった。
というのも、自分の好きな多くのアーティストや文化が生まれ育っていった街をこの目で見たかったからである。かねてより、私は冬休みにロンドンを皮切りにヨーロッパの著名な都市を周遊しようと考えていた。しかし1月下旬から2月中旬ほどまで流行するウイルス性の風邪により体調を崩しており、その時には私は当初計画していたヨーロッパ周遊の夢もほとんど忘れていた。
そんな、無作為に時間を浪費してしまった2月中旬某日。友人と電話していた私はまだチェコを一度も出たことがないこと、せっかくチェコにいるのになんで旅行してないのか等を激詰めされた。
私はその時、何かに取り憑かれたように、一時的な衝動性で私は2日後にロンドンへと飛ぶチケットをクリックしたのである。買ってしまったら後には戻ることはできない。それは明日に寮の引越し、2日後にイギリス史の試験を控えていたときだった。(なんで引越しして次の日に引っ越すねん)(ほとんど、イギリス史のフィールドワークやねんな、単位くれや)
今から綴る記録は私が役二週間に渡って敢行した、ヨーロッパ周遊の備忘録である。
第一章 ロンドン編
ロンドン一日目
←ワイの乗ったウィズエアー
プラハ市内からロンドンまでは、就航数がかなり多く価格も私が買ったのは確か6000円?ぐらいだったと思う。まぁシーズンに合わせて変化はあると思うけど。とにかくウィズエアーという格安航空会社で3時間ほどでロンドンに着いた。
私は運悪く、2025年の1月頃から日本人を含む観光目的の全入国者に対しても、ビザ申請が必要。(ビザといっても、大体2000円とか払ってすぐに許可が来たよ)
←うぇーーいロンドン入国

日本人は税関とかも秒で終わった、、
セキュリティ大丈夫か?

そして、市内までの空港ラインの電車チケットを購入する。これが少しややこしくて、駅員に聞いた。駅員の英語ばりばりブリティシュやんwwww
←初めて見たロンドンバス!
電車に揺られること1時間ほど、市内に到着、この時点で昼の12時ぐらい。
昼飯はイギリスの物価を考慮し、プラハの空港でバーガーキングを腹パンパンになるまで詰め込んできたので、とりあえず荷物を置きにホステルへと向かう。
ホステルで荷物を800円ほどで預け、さて何処にこう。
←カムデンタウンまでの道のり
とりあえず、カムデンタウン行くかw(やはり古着と音楽に生きる男たるもの本能には抗えない)
極貧なのでもちろんのこと徒歩である。4km近い道のりだ。
それにしても天気が曇りだな。いかにもロンドンという感じだ。
←カムデンタウンの象徴、パンク男たち
←全部英国製マーチンの店
←いかにもロンドンっぽいテック系の靴、アシックスやん。
流石はカムデン、勢いと活気が凄い。一帯が一面服や雑貨である。
んーーーキモティィィィ
←平日昼間のカムデン
私はずっと英国製のバブアージャケットを探していた。しかし、あるものは大体状態が悪い。その他なにかお土産になるものはないかなど、くまなく物色。多分全部の店は見た。
←いい感じの古着屋、高かった。

←カムデンから出るところ
よしっ服はもういい、撤退しよう。とりあえずカムデンを出る。やはり、ロンドンといえばビックバンである。あれ?メトロどこから乗ればいいんだ?
人に聞き伝い、メトロに乗り込む。ロンドンのメトロは思ったよりかなり小さく、宇宙船みたいである。(運賃は高い)

かなり狭い
螺旋階段を降りてメトロに向かう。かなり地下の中は入り組んでいるが、迷うことなはない。
ビックベン到着!
めっちゃイギリスって感じしますわ。

とりあえずそこら辺に歩いていた人に声をかけて何枚か写真を撮ってもらう。
←赤い公衆電話!
流石はロンドン、公衆電話さえもスタイリッシュで品がある。(実際はホームレスの便所といわれるほど臭いし、たまにホームレスが寝ている)

うわーウェストミンスター寺院だ
ただし入場料は4000円ほどする。
そのためキリスト教徒として参拝目的のミサに参加しようとしたのだが、もう今日は終わったみたい。まだ後日再チャレンジしよう。
とりあえず、爆歩いてバッキンガム宮殿に
←写真を撮ってもらう。(俺はここに来たんだぞという証明)
ほとんど滞在時間2分ぐらいでさっと切り上げ
歩きで巨大なハイドパークを横切り、
大通りを通って
←ハロッズ
有名な世界的な百貨店ハロッズに入店。
中は高級ブティックだけで、もちろんハロッズだけに売ってるお土産のハロッズグッズを見たかったので、ハロッズグッズはどこにあるかと警備員に聞くと、そんなの知らねーよと言われ、場違い感を感じ、すぐさま退店。
そのままの勢いで、ロイヤルアルバートホールの周りを散策。もちろんのこと特にコンサートを見るわけでもない。なにか見れるものがないかあたりをうろちょろ。
←ロンドン最初の飯
見つけた。エントランスの逆側にあったお土産屋の横にあった高級そうなカフェ。
なにかとりあえず胃に入れれば観光したことになるかなと考え、とりあえず1番安かったアップルパンを購入した。それでも400円ぐらいした。
ということであたりを散策し、とりあえず今日のところはホテルに戻ることにした。メトロに乗車。この日の歩行距離は34000歩だった。
ホステルに戻るところで、留学前に眼鏡屋で働いていた時に出会った、スペインに留学している日本人と会うことに。

↑キングスクロス駅にある9と4番の3番線
とりあえず、ホステルの近くにあるキングスクロス駅で待つことにした。
ここではハリーポッターの映画で出てくる9と4番の3番線を見ることができる。
写真を撮る時に、ハリーポッターストアのスタッフが撮影してくれるらしく、その後は店の中で写真を買えるみたいである。列も30人ぐらいは並んでいた。ビジネスを感じ、少し萎えた。
というわけで、せっかくイギリスだし、ギネスビールを飲んでみたいよねということで、近くのpubで飲むことに。かなり店内は混んでいた。

↑一杯で1500円、キチィィィィ
ギネスは無かったので、ペールビールを頼む。
おもんなかったので、早々と解散。

↑ホステルの注意書き。男女兼用シャワーとかあった。どんだけ開放的やねん。
さぁ行くぞ!ロンドン2日目!
早朝に起床し、シャワーを浴び、下着類などを洗面台で洗いベットの上に干した。
昨日は殆ど食べていなかったので、空腹すぎて気分が悪い。
ということで近くにあるテスコというイギリスのスーパーへ向かった。(テスコはチェコにもあって安い) テスコは会員カードを作れば、かなり安くなるので、その場で作ることに。
私はもちろんのことイギリスの電話番号や住所など無いので、適当にホステルの住所などを入力し申請完了。イギリスのテスコにはMeal dealというのがあり、決められた種類のドリンクとスイーツとサンドイッチを組み合わせて買うことで3.6ポンドと通常の半額以下で買えるというものである。3.6ポンドは現時点の為替で700円ぐらいである。(ちなみにドリンクにはモンエナも選べた)
私はこのMeal Dealにロンドン滞在中は救われたと言っても過言ではない。普通にファストフードを食べると、最低価格でも2000円ぐらいはするからである。
カナダ留学小話②
私がカナダ•バンクーバーでの留学にて利用していた滞在形態は「ホストファミリー」制度である。
ホストファミリーと言えばどのようなイメージを頭に思い上げるだろうか。
フレンドリーで明るいファミリー、はたまた豪華な海外飯。

↑私の思っていたホストファミリーイメージ
それはそれはポジティブなイメージを持っている人も少なくはないだろう。
例外なく、私もそのような頭の中お花畑のぴよぴよだった。(そんせらさんリスペクト)
英語圏に留学を経験した殿様方であれば、ホストファミリー制度がどれほど闇に満ち満ちたものであるかはお察しがつくことだろう。
今、全てを経験した後私はあのぴよぴよだった自分自身にかなり強めのお叱りを入れたいと思うのです....
そんなわけで、今から私が皆様にご紹介するのは私が留学中に経験した数々の恐怖、苦しみ、嘆きといった言葉で形容される、"私のホストファミリー遍歴"についてご紹介したいと思います。
私がバンクーバー国際空港に降り立ったのは寒い寒い2月の下旬のことであった。

↑バンクーバー国際空港aka悲劇の空港
カナダの寒さを正直舐めていた私はあまりのその寒さに衝撃を受け、またその表情にはこれから私が経験するカナダ留学の暗雲を暗示しているようであった。
お昼頃に現地に到着してからホストファミリーエージェントのバスに、同じく留学する同大学の人々と共に押し込められ、それぞれ近い順にアサインされたファミリーの家へと降ろされていくわけである。
それはさながら、戦地へと派遣されている小部隊さながらの緊張感であった。
誰もがババを引きたくない、俺のホストファミリーは良くあってくれと、一部の能天気ぴよぴよ頭を除いてはそう願って居ただろう。
私がそのバスを降りたのは私以外の全ての人が降ろされた後であった。
大体ほとんどの人は任意の家に到着した時、その家のホストファミリーがその日からその家に住む学生をウェルカムに迎えでて、荷物も運んであげるような雰囲気だった。
しかし、私が家に到着した時、誰かが迎えに来ることはなかった。
その1恐怖のババア
エージェントの運転手のおじさんが、僕のホストファミリーに電話を掛けてくれた。しかし、何回掛けても出ないのである。舐めてんのかコイツ。その気持ちしかなかった。私は4か月といえど80万円ほどをエージェントに払っている。それもそうである。
しかし3回ほどちゃんと留守電になるところまで電話をかけても出なかったため、クライアントのジジイが、「この住所であってるから、行ってきて〜!」と言うのである。
狂気の沙汰である。
家の前に来てピンポンを押して様子を伺う。中から人が出てきた。
70近いババアだろうか。名前からして予想はついていたがイタリア系であった。彼女は私に疲れただろうから寝て良いよと2階の私の"犬小屋"に案内した。
そこで私は察したのである。彼女の"ハウスルール"とはなんたるものなのか。
晩御飯は5:30〜6:30までに出来るから帰ってこないなら3p'mまでにゆえ等々である。
私の部屋に無造作に置かれた棚の上には、A3サイズにラミネートされた紙にビッシリとルールが書かれ上にはhouse rulesと大きく書かれたものがあった。

↑丁寧にラミネートされた地獄のハウスルール
私はその時また、"察した"。
少し絶望に打ちひしがれた後、晩御飯が出来たと声をかけられたので下に行くと、小さなテーブルと椅子に僕の晩御飯である小さなパスタがポツンと置かれていた。
そしてババアは私が食べ終わった後食洗機にぶち込んでおいてと伝え、私の食べる空間と大きなカーテンのような仕切りを作った向こう側の本当のリビングルームの空間に消えていった。
そしてその間に勝手に部屋をみられ汚いと言われ(来たばかりだから仕方ないだろ。その後、お土産のキットカット抹茶味(日本人海外お土産あるある。)等、かなり多めの日本のお菓子のお土産、空港で買ったちょっと高級めのヤツも含むをあげたら、"oh thanks"とだけ言われ机の上に置いて行かれ(結構な量あげたんやから喜べや)、シャワーを浴びてもバスタオルが無く(自分で買えと言われ)、しまいには、ケーキがあるからいると言われ食べに行くと、圧倒的に食い尽くされた残飯ケーキがそこにはあった。(ホンマに舐めんなよ)
その瞬間私は彼らとの共存を諦め4日ほどで彼らの家をあとにしたのである。
その2 恐怖のインド人ホスト〜地下住みパラサイト、おれは収監囚か〜編
その後私がアサインされた家はインド系の大きな家のホストだった。最初家に来た時かなり家が大きく、ホストの馬鹿でかいインド人男もかなりフレンドリーだったのでこれは当たりだと思った。
しかし、私が案内されたのは地下だった。
私はひどく絶望していた。
ルームメイトはベトナム人だったが、彼が私に正式に挨拶することはなかった。(彼はゲームをしていた)
エージェントの詳細欄には、赤ちゃんがいるとか楽器があるとか、テレビがあるとか色々書いていたのだが、当たり前だが、私は地下に住む住人であったので家族が住む空間に入ることは一切禁じられていた。
(入るなとは言われてはいなかったが、一切鍵は閉められていた)
そして、ご飯はコストコの1ドルほどのピザ一切れと小さいジュースのパックだけなど、足りない分は冷蔵庫があるから適当に作ってくれとのことだった。
それなのに食器もない、包丁もない、少しでも皿が洗わずに置かれていたら部屋をノックして綺麗にしろと叫んでくる。(完全にいじめ)
しかしながら前の家のように部屋を頻繁に観察してきたり、そういうのは無くほとんど会話もなく、何時に帰ってきても地下なので関係なかったので、2か月ほどそこで住んでいた。
しかしその後、メキシコ系のルームメイトが追加で入ってきてから、あまりにも飯が酷くなったり、そいつが電話を毎晩してうるさく(ベトナム男も電話していたが、少し部屋が離れていたので気にはならなかった)住むのに都合が悪くなったのと、単純にそのホストファミリーにムカついていたので退去することにした。
エージェントに相談した際、案の定、完全に俺が綺麗にしてない、うるさい等言いがかりをつけられて俺が悪いことにされ(ホストファミリーはレーティングがあるので次の学生aka次なる金を入れる為にも、絶対に自分の評価を下げたくない)
私は退去することになった。
その3 ババアファミリー編
最後に行ったホストファミリーは一番マシだった。一番人間的な扱いをしてくれたホストファミリーだった。
彼らには感謝している。
家族構成は4人で、イタリア系の母と父、そして母の連れ子、母と父の娘(1歳ぐらい?)といった具合だった。
そしてこの娘と父の関係が少し悪く、娘は大きな地下の部屋(コイツら地下好きだな)に部屋に住んでおり、地上に出て家族と会話することはなく、仕事には行っているみたいだが(多分行っていない)、おそらく夜な夜なクラブなどに遊びに出掛けており日中はほとんど寝ていた。
そして私はその前に住んでいた日本人よりかなり英語が出来ていたらしく、なんで日本人なのに英語が出来るのかとずっと質問されていた(単純に失礼)
そしてたまに夜遊びに出かけて朝に帰ってきた時は家に入れてくれない(完全に寝たふり)等あったが、僕の部屋にテレビを設置してくれたり、俺が買ってきた古着に興味を持ってくれたりちゃんといい感じのホストファミリーだったのだが、
俺のRaybanのサングラスと俺のシアトルのキャップをパクったのは絶対許さねえからな。
(今考えたら古着に興味持ってたのはただただ盗むものを物色してただけで草。ていうかシアトルの帽子については何回もいいね、いいね!って褒めてくれてたわ心当たりありまくりで草)
私は2度とホストファミリーを使うものかとバンクーバー留学を経て強く強く決意を固めた。
Fin.
カナダ小話①
カナダバンクーバーに留学してた時の話。
バンクーバーのダウンタウンの中心エリアは、様々な語学学校系がひしめき合っている。
そもそもバンクーバーは人口におけるアジア人の割合もかなり多く、日本人以外にも、インド系、韓国、中国、フィリピン、等様々なアジア各国の出身の出が住んでいる。
というかわけで、ダウンタウンエリアは英語を学ぶ留学生をそこら中に目にし、聞きたくもない関西訛りの日本語(兵庫県民、大阪府民がほとんどである。理由はわからない)をほとんど毎日耳にすることになる。
私の行っていた語学学校では、留学のプログラムの便宜上、同じクラスに同じ大学学部の日本人学生たちと、同じ英語クラスを受けていた。実に我々の大学からの留学生が、全体の英語クラスの60%程の割合を占めていた。加えて、その他20%が他の名もない日本の私文の留学生、残り18%が韓国人留学生、残り2%が中国か、アラブ人だった。
なので、留学に来たとはいえ、ほとんどのタイミングで日本語が飛び交っており、日本人の中では韓国語を韓国人に教えてもらっているような奴まで現れ始め、"英語"を学びにカナダに来たつもりだった私にとって絶望の景色がそこにはあったのである。
そこで私は兼ねてから、現地学校の
コーディネーターにこの状況がどうにかならないのか、自分が他に入れるクラスはないのか等の旨を伝えていた。そんなある日、ある一つのカナディアンヒストリーのクラスの"ババア"の授業を受けていた時、あの事件が起こったのである。
ある程度授業内容も進み、クラスの雰囲気も超絶ダレ始め、そのカナダババアもその状況から目に余るとおもったのか、「もう少し、あなたのたちのこと知りたいから今から一人ひとりと面談します」と急に授業をやめ、自習タイムを作りやがったのである。
途端、やる気のなかった同大学男子日本人学生らはおもむろに携帯でサッカーゲームを始め、その他女子学生らも日本語で会話を始めるなど、いつもの光景が目の前に広がる。
そんな中、自分の名前が呼ばれ外に出ると、すぐ側にある2人がけのテーブルに腰をかけたカナダババアが、こちらを何か心配をした顔をして見つめていた。
「あなたがあまり元気がないようで心配していたの。」
「何か、ホストファミリーと上手く行ってないって、ほかの人から聞いたの、大丈夫?友達とかちゃんと相談出来る人いるの?」
そこで私は全てを打ち明けることにした。
せっかく留学に来たのに日本人ばかりで意味がないこと。授業が短調で面白くないこと。
ホストファミリーがくれるご飯が簡素すぎてほぼ囚人飯すぎること。
ひとしきり私の話を聞いたカナダババアは、
うん、それは辛かったねコーディネーターには相談した?と言ってきた。いや、何度も言うたわと思いつつため息を吐くなどしていると
「でも、せっかく留学にきたのだから、あなたも楽しむという心持が大事なのよ」とババアがいう。
まるで、問題なのはお前なんだというような言いぐさである。
しかし私が思うに留学とはその国の言語や文化等を学びに来てるのであって、間違っても日本人同士で遠足ごっこをしに来ているわけではないのではないか。いや、もしそうなのであればそれは高価すぎる遠足であろう。
そして何より腹立たしいのが、そのババアからひしひしと感じられた、クラスを通して彼女が無理くり作り出した楽しげなポジティブ空間を"邪魔すんな感"である。彼女はそもそもは暗くて内向的ないわゆる"インキャ"タイプであるだろうと私は同種からか、すぐに見てわかっていた。内向的な人間にしかわからない、どうやっても得ることが出来ない陽気な人間のあっけらさに擬態しようと、努力している苦しみの匂いがあるのである。
ババアの身体からは、その悲しみの匂いと対しての憎悪や怒りといった近い感情が感じられた。
私はとんでのところで、この誰も救うことのない会話を終わらせようと思い、ババアに適当に話を合わせその場を切り上げようと試みた。
ババアはあたかもあなたが心配で堪らないよといった具合で、椅子から立ち上がる私の肩を角質で嵩張った邪悪な手のひらで私を撫でようとした。
私が席に戻ってほかのクラスメイト何名かが茶番とも言える、ババアとのチャットタイムを終え、その日のその授業が終わろうとしたその時だった。
「ウスシオが留学に来て、苦しいって言ってた」
「けどね」
そういってそのババアはおもむろにチョークを手に取り黒板に次の言葉を殴り書きした。
「If life gives you lemon, make it lemonade」
もし人生がレモンを与えるならば、レモネードを作れ。
これは直訳であるが、意訳をすると
もし人生が困難であるならば、楽観的に捉えろ。ピンチをチャンスに変えろ。といった具合である。
私はそれを見た瞬間、猛烈な吐き気が湧きあげた。
そして大きな絶望感と、どうしようもないくらいの嫌悪感が彼女に対して抱かれたのを昨日のことのように思いだす。
この名言(笑)風の言葉のなにがキモいのかというと、
人生つらくて酸っぱいんやったら、レモネードみたいなオシャレなもん作ってみーや(キラーン)といったようなダサすぎるキショ関西人が臭いことを言っているといった印象を受けるからである。
「皆んなにこの言葉をあげたいと思う」
そう言いながらババアはキメ顔をしたまま教室の方に体をひるがえし、私の目を見ながら軽いウインクをしたのである。
それはそれは人生で最も人をキモいと思った経験のひとつであった。
筋トレとは何なのか
プラハに来て以来、筋トレの重要性について気付かされることが多い。筋トレとはなんなのか、何が良いのか、筋トレのhow to等、しっかりと認識していない人が多いように思う。
そこで今回のブログでは、私が筋トレ指南と題して、(私自身が筋トレ初心者ではあるものの)全くもって筋トレに対して興味のない人たちが少しでも筋トレやってみようかなと思うぐらいの解像度で語っていこうと思う。(この点に関しては"筋トレ初心者"としてかなり一般的な温度感で話すことが出来るのではないだろうかと期待する)
筋トレの重要性について
まず、筋トレの重要性について話す前に西洋的な価値観における男らしさについて触れる必要がある。結論から言うとするならば西洋的な男らしさとは生物的な男らしさということである。そして、この男らしさを持つものが西洋世界で所謂モテるものとされる。日本を含む東アでは、アイドル文化などに見られるように美しさがモテの覇権を握り、西洋とはある意味で相反するような価値観を形成してあるように思う。
上にあるのは"CHAD"(チャド)と言われる海外ミームであるが、
Chad(チャッド、別名Chad Thundercock)とは、イケメンで筋肉質、そして女性からモテるヤリチン男を意味するインターネットスラングである。
「性欲の強いAlpha Male(最優位雄)」とも言われる。【海外ミーム】「Chad(チャッド)」の意味・元ネタを解説 | Memer’s High!(ミーマーズハイ!)
-引用
という意味である。
下世話な話で申し訳ない。
このようなミームがあるように、日本でいうヤリラフィーのような自信満々な筋肉ムキムキな男が、西洋社会における覇権者であり、これに当てはまらないような男は"GAY"と呼称され、(言われないにせよ)モテないどころか相手にされないような国も多い。
詰まるところ、筋肉=人権なのであり、人権を獲得する為には男の大人において筋トレは(※何度も言うが西洋社会において)かなり重要な要素であると言える。
ここまでかなり重たい話であったが申し訳ない。ここからはでは何故"我々"にとって重要であるか、いや、メリットがあるのかその点について語って行きたい。
以上に挙げたように、筋トレが人権であるような世界もあるなかで、あくまで"自分のため"に男性が筋トレをする理由を語る。
筋トレメリットとは
まず何といっても身体が軽い、そして筋トレをすればするほど自信がつく。所謂身体的メリットである。それは生物学的に裏付けされたテストステロンによる効果である。自信が付くことによって誰にも邪魔されることない自分だけのパーソナルなスペースを外であっても作ることができる。(そして願わずとも西洋的な男らしさに迎合できる)
よく西洋の男にあるようなゆっくりとした自信のある動きである。そして何より、自分自身が徐々に強くアップデートされていくような高揚感である。
また筋トレをすることによって健康的で元気で動ける身体を、筋トレをしていない男達よりも、何十年も作り出すことが出来る。
そして二つ目に、見た目が良くなるということである。全身の血流やエネルギーの燃焼等も上がる為、顔も浮腫みにくい。
そして寝付きと寝起きの初速も早くなる。
1日の中で疲れると感じる瞬間が減る。
単純な体力と強さの向上。
メリットしかない。
そして私が挙げたいのは、総合的に経済的であるということである。筋トレをすると自分で自炊するようになる。そして自分が何を身体に入れるか、何を入れたいのか考えるようになる。そうすると今まで食べてきたような無駄な1人での外食やお菓子などが、文字通り無駄に感じるのだ。
私から言わせると、筋トレは自分の身体を自分で制御することであり、自分の身体を知ることである。筋トレをすることで、自分の身体に何が必要か、どの食事が効果的など、目に見えて、そして自分自身で体で感じることが出来るようになる。
これを読んでいる読者は、何を大袈裟なことをと思っている事かもしれないが、少なくともこれは私が実際経験して感じる事であるので、どうか信頼してほしい。
食事こそが筋トレである〜ジムブローとの出会い〜
プラハに来てから、同じ寮に住むルーマニア人(以下ジムbro)と寮内にある粗末なジムであるが、誘い合って一緒にトレーニングをするようになった。ジムブローはアニメが好きなこともあり、小さい私のようなアジア人とよく仲良くしてくれている。そして彼はとんでもなくデカい。まだ21であるが、17歳から筋トレをしているしく、筋トレの良いも悪いも知っているようだ。とんでもなく筋肉があるので、今まで10人ぐらいの人に筋トレの指南を依頼されたらしい。よくクレアチンの摂取を勧めてくる。(悪い薬ではない)
ジムブローがよく私に伝えてくる言葉がある
Rest is important (休むことが重要である)
私が胸筋を大きくしたいがあまり、最初の1ヶ月はよく毎日胸筋dayなど狂気の沙汰をしたりしていたが、彼はそんな私を見かねて、"そんな同じ部位ばっかり鍛えてても大きくならないし、休まないと怪我するし大きくならないよ"と言ってきた。
筋トレの本当の初めのはじめの方は大きくなりたいがあまり、高強度で毎日行いがちであるが、これは怪我を誘発し、しかも筋肉も大きくならず疲労感が強く溜まりやすい。例にも漏れずジムブローは半年ほど膝を怪我をし、筋トレが出来ない時期があったようだ。
私は最初は休息の重要性についてそこまでわかっていなかったが、週2とか3くらいまで頻度を下げた現在は、かなりパンプ感が感じられ、彼が言っていたことは本当だなと感心している。
そして、加えて彼が伝えることが食事が重要だということである。ジムブローはとんでもなく飯を食べる。彼は変態なので、更に大きくなろうと所謂ダーティーバルクを行っている
ダーティーバルクとは、摂取カロリーが消費カロリーを上回る「オーバーカロリー」の状態をキープし、筋トレを日々継続して身体全体を大きくするバルクアップ法のことです。
「ダーティー=汚い」という意味で、基準のタンパク質量だけ満たして食事制限をかけずに好きな食べ物を好きなだけ食べるのが特徴。炭水化物や脂質の量を気にしなくていいので、簡単にカロリーを稼ぐことができます。
オーバーカロリーを続けるので一時的に見た目は悪化し(体脂肪が増えて太って見え)ますが、身体を大きくするという意味では最短の方法。多くのアスリートやボディビルダーも実践しています。ダーティーバルクの正しい食事メニューや筋トレのやり方を解説! – uFit引用
私も身体は大きくしたいが、ダーティーバルクは簡単に言うと"出来る限り食べる"食事法であり、私にとっては経済的でないことに加え、一時的であれど太った感じになってしまうこともあり、行っていない。
そして、変態筋トレナー(筋トレに対して異常な情熱を持つ者のこと)以外はとんでもないような身体のデカさや筋肉の美しさなどは目指していないと思うので、私が今のところ編み出した筋トレ初心者に対しての大雑把な食事法を伝授したいと思う。
とにかく食べろ!
まず言いたいことはとにかく食べろ!である。
雰囲気的には一回の食事量を上げていく感じである。もっと言うと一回一回の食事のクオリティを上げると言う感じである。筋肉をつける為にはまず太る必要がある。筋肉が住みつく、スペースを開拓していく印象である。未開の樹林を開拓し、筋肉という高層ビルを建てるといったイメージだろうか。
持っていてほしいイメージとしては、一般的に筋肉は力を司るポンプである為、維持にコストがかかる。ここでいうコストとはエネルギーである。その為、全身に筋肉を作ることで、生きている(呼吸する)だけでエネルギーを多く消費し、無駄な脂肪を燃焼する体を作ることが出来る。
その為、ガリガリの場合、その脂肪分の蓄積を生成しなければ、そもそもの筋肉の原動力が欠乏していることになり、筋肉は全く大きくならない。その為、増量期間を自分の中で作り、ある程度大きくなってから、脂肪や炭水化物、糖質等を軽く削り身体を筋肉質に絞っていくイメージである。
ジムブロー以外にも私と寮部屋を共有するルームメイトのベラルーシ人は、ジムのトレーナーであり、だいぶ食事に対して忠実に向き合っている。毎昼と毎晩はしっかりと自炊している。
タンパク質を食え
やはり重要であるのはタンパク質の摂取である。タンパク質は筋肉や骨を作る栄養素と直結している。ただタンパク質を取るだけでなく、肉、魚、卵を含む乳製品などからまんべんなくタンパク質を摂取することが重要である。
肉の中でも鶏胸肉は安く脂肪は少ない為、減量期にとても良い。サーモンやマグロなどの魚は良質なタンパク質が含まれているのでおすすめである。サーモンなどは脂肪がかなり多いので減量には向かない。
そして、卵はかなりコスパの良い、最強のタンパク質である。困ったら卵を焼いて食べれば良いと思う。
メインで肉や卵などを大量に食べよう。そうすると身体が軽くなってくることがわかると思う。
野菜を食べよう。
タンパク質だけ摂取していると、今度は消化が悪くやって来て、お腹を壊しやすくやってくる。私も一週間ほど肉だけ食べて野菜を食べないことがあったが、お腹を壊して体調が悪くなった。なので食物繊維は大事である。ヨーグルトや納豆などは腹痛の為にも良く摂取しておいた方が良い。
ビタミン取ろう。
ビタミンはDとかCとか色々あるけど、バナナとオレンジとたまにブルーベリーとか取っておけば充分である。あと私は睡眠の質向上のためにビタミンDの錠剤を摂取しているがかなり効果的である。ビタミンを摂取するとかなりメンタルが安定し、睡眠が良くなり、生活リズムが整ってくる。
人間の体というものは実に面白いものである。
あれ?米は?
米やパンなどといった炭水化物は基本的に一日一食ほどにしとおいてほしい。増量を狙っているのであれば、出来る限り毎食食べまくってほしいところであるが、もし身体を絞りたいのであるなら、炭水化物はやめた方が良い。何より糖分なので摂取した後めちゃくちゃ眠くなる。
特に米は人体にとって、飛び道具のようなものであると思う。短期的に爆発的なエネルギーを発揮するような糖質の塊であるので、長期的な体づくりから考えると摂取は慎重に行きたいところである。なので、疲れた時や身体がだるい時などに米やパンを加えてあげる良い。
結論
今まで色々述べて来たが、筋トレをすればするほど、食事に対して注意が行き、自分の身体のバランスを学ぼうとする姿勢が出てくる。
再三いうが筋トレにおいて食事は1番重要であり、その次に休息、その次にトレーニングそのものといった具合である。
食事は生きる為に重要であるということをプラハに来てからというもの多く学ぶことが多かった。日本にいた時は適当に目についたものを食べていたなと今考えると思う。筋トレを始めようという諸君は食事について考えていただければ幸いである。
変わっていくことと変わらないこと
チェコに来て、もうすぐで2ヶ月が経とうとしている。街は静かに冬に向けての支度を始め、無慈悲にもつんざくような寒さが自分がチェコにいるんだなということを実感させる。
もともと友達は多いほうではなかった。しかしチェコに来て、自分が日本に存在しなくても、自分にとっての日本が成立している状況に困惑することはある。
チェコに来て、自分がいかに自分自身にベクトルを向けていたのかを理解した。そして、それから自分の中だけの安全なシェルを作っていたのかなと思うのだが、基本的に、自分らしさを考えていくなかで、そんなものは存在しなくて、あくまで他人を観察していてそれは良いなと思って、自分も取り入れたみるというツキハギの虚構であるのかもしれないと思った。それは、チェコに来たと思ったのだが、ある意味での内向的な精神性は変わっておらず、その自分が目を伏せたいような事実が現実となって、そして悪夢のように脳裏によぎってくるのだ。
そして、チェコでの生活に慣れればなれるほど、自分がいた日本での自分が掠れて消えていってしまうような気がして、それで本当にいいのかと、自分がおそらく望んでいたこととはいえ、悲しさとあっけなさで半ば打ち負かされてしまっているのである。
日々の暮らしに目を取られつつも、変わらない自分を探すために、よく考えを巡らせたり、自分の社会での設定キャラを調整したりして模索し続けているのである。しかしながら、それをすればするほど、無作為とは程遠くなってしまうというジレンマに苛まれながらも、右往左往しながら調整を試みるのである。
冷静に考えなくても激詰み人生
皆さんどうもこんにちは。
タイトルの通り、詰みという概念を超え、背水の陣という言葉で形容出来ないほどの崖っぷちにいる者です。
私は今日も朝1限にモンエナを決め込み気合いで出席してきました。
今期の履修が終わってる件
木曜朝1限。これが、Special Lectureという授業なんですが、東アジアの安全保障について考えるという授業。
これがまた厄介で、教授がマレーシア人なんですが先月までビザの関係で入国出来ず、対面授業になったのがつい先日のこと。
教授も日本の大学で授業したことがないらしく、教授も模索段階。
その結果アカデミックオフィスから要求される要件を無理矢理押し込めた激オモ課題を出されることとなりました。
その中でLTDと呼ばれる意味不明なメソッドにそってフォーマットを定めた課題があるんですが、
(LTD学習法とは?https://www.tuins.ac.jp/common/docs/library/2014gensha-PDF/2014-01otani.pdf)
コレまた厄介。
本日の朝の授業で、このLTDの為に読んだ論文をクラスで発表したところ(自分以外は課題をやっていなかった為。)
無事、教授の鬼詰めをくらい大爆死。
しかし、このLTDに関する課題は全体の40%の評価を占めているため、逃げることはできないのです。
人生終わりレベルの鬼畜の所業
この他にこのSpecial Lectureの授業では、来週末までの期限で、東アジアの安全保障に関するエッセイが2000字。それに伴うプレゼンも追加で要求されています。
(詰みやろ)
以下を参照

地獄の政治学
なにを隠そう、私の所属するゼミは環境政治学のクラスなんですが、こちらから出されている課題もカナダ地域料理であるプーティンを超えるほどの胃もたれ具合。

(プーティンはポテトに肉汁から作られたグレイビーソースをかけたカナダの料理。)
こちらは2000字がミニマムの環境政治学についてのエッセイ。そして、それに伴うプレゼン。
死
ところがどっこい、地獄はまだ続きます。
他にも経済政治学の授業も履修している為、こちらも1500字〜程のエッセイが課題として出されています。
厳密にいうともっとあるんやけどな
他にもあげるまでもなくマーティングのプレゼン、また期末試験もあります。
また、もう一つのSpecial Lectureも履修しているんですが、中東の安全保障についてのエッセイ。
そしてなにより今週末に待っている激ヤバTOFEL。
神様が存在するのならば絶大なサディストであることでしょう。
手に汗握る教授陣との攻防戦
ただしかし、この激ヤバ履修を組んだのは自分自身。前も後ろも八方塞がりであるからこそ、逆に面白くなってきたなと、笑うしかないのです。
(もう泣けない)
皆さんも期末期間で色々あるかと思うですが、
限界を迎える前に、モンエナ等をキメて頂くなど気合いで乗り切って見せましょう。
僕はもう面白くなってきました。
僕はとりあえず冷房の温度を22度まで下げておきました。
このセミスターが終わる頃にどうか生きて会いましょう。
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